妹が亡くなって1週間… 生きていることが何よりも尊く奇跡なんだ

thumbnail image1月23日(火)、荼毘に付されました長文ですが、よろしかったら読んでみてください。先々週の金曜日(1/19)の夜、突然、姪から電話で「お母さんが危篤になっちゃった。お兄ちゃんたち、病院に来れる?」と。急いで千葉県から埼玉の病院に着いたのが、電話から2時間後。容体が落ち着いたので、妹の旦那さんだけ残して、私たち夫婦は姪を自宅に送ってそのまま帰宅。妻と「ひと眠りして病院に行こう」と話していると、妹の旦那さんから「3時55分、逝(い)きました」との電話。看護師の妻が言うに「難病だけど、全身性エリテマトーデスは死に直結するような病気じゃないんだけど」と。ところが、全身の免疫力が低下する病気なので、ほかの感染症にかかると結構厄介だそうで。結果的に、臓器不全で亡くなりました。それから、粛々と葬儀の段取りが決まって。1月23日(火)、荼毘に付されました。実は今秋が父の十三回忌で、来秋が母の七回忌。そう、12年間で、両親と妹を失いました…「お父さん、お母さん、妹をそっちに連れて行っちゃうの早過ぎるよ…」ですよね。長男最優先な封建主義の家で、つらい思いをした妹…妹は私の3つ年下で、50代半ばでした。中学生くらいまでは同じ部屋の二段ベッドの上と下で寝ていましたが。仲が良くないきょうだいでした。というのも、我が家は古い封建主義の家で何事にも「長男(=私)最優先」でした。妹はいつも「お兄ちゃんはできるのに…」と比較されたので、私のことを大嫌いだったと思います。また、小学生の妹は天然パーマなのを何度も学校から指導を受け、うんざりしていたのは覚えています。小学生時代のつらさを中学にぶつけまくったスケバン時代私は小学校では優秀で(笑)それでいじめに遭い、中学は越境入学(他区の公立中学)しました。3つ下の妹は地元の中学に入学して、兄と完全に離れたわけ…

このサイトの記事を見る

タイトルとURLをコピーしました